【受験と学歴(連載)】『学歴なんておっぱいだ!』中学受験について

こんばんは!さこだこうきです!
今年度初出張から帰ってきました!

今年度は毎週、鹿児島、博多に出張して授業をしております。
そうです。さこだは「LIBER代表」と「予備校講師」という二つの肩書があるのです。

ってなわけで、新年度の初回授業を鹿児島、博多で行ってきました。
今年は、約70〜100名程のクラスを2か所合わせて8クラス担当。
名前を覚えるのに、今年も苦労をしそうです。

万が一、現在受験生の方がこのブログを閲覧しに来たときのために注意をしておくと、
「このブログには大学受験で役立つ情報は何一つ書いていません!」

えー、そもそもさこだは授業で「携帯・PCいじっている暇があったら勉強しろ!」と何度も言っております。
当然、興味本位で閲覧するタコが現れると思いますが、そんなタコに有益な情報を提供するつもりはありません。
受験生にとって大切な情報は、必ず授業内で言ってますので、こんなの見てる暇があったら単語帳開いて下さい。

さて、とりあえず生徒も追い払ったので本題に。今回から「受験をする意味」「学歴」についてスポットを当て、何回かに分けて記事を連載していきたいと思います。何回になるかわかりません。

第1回目のテーマは「中学受験」について。
中学受験をする意味をさこだなりの考えで紹介していきたいと思います。 


◆中学受験をするメリット
さこだは中学受験に関しては好意的なイメージを持っています。中学受験をする価値っていったいなんなのか。
難関中高一貫校に通うことなのか?それはそれで価値があることだと思うのですが、さこだが考える一番の価値は「思考力」と「我慢強さ」を鍛えることにあると思っています。

中学受験をするには、当然小学校で習う勉強だけでは不十分です。塾などに通い、ハイレベルな修練を積む必要があります。当然、普通に生活をしている子供達よりもストレスはかかるわけです。宿題もあればテストもある。塾の行き帰りも大変です。

しかし、それと引き換えに得られる思考力は本当に価値のあるものです。
仮に第一志望の中学に合格できなくても、小学生の頃に鍛えた思考力は今後必ず生きてきます。
極論をすれば、「中学受験は落ちてもいい!」とすら思っています。
「○○中学に行く」というのは将来幸せになるための手段の1つであって目的ではないのです。
受験で不合格になったとしても、受験勉強を通して鍛えた思考力は、大学受験でも必ず生きます。
中学受験で失敗したけれども、難関大学には合格した人なんていっぱいいます。

実はさこだもそうです。さこだも中学受験をし、第一志望校には落ちてしまいましたが、大学入試ではしっかりとリベンジすることができました。中学受験を通して鍛えた思考力があったからこそだと思っています。

そしてもう一つ。我慢強さ。
中学受験をするには、色々なことを我慢しなければなりません。

また、成績を伸ばすのは時間がかかるので『やってもやってもできない』ってこともあります。
それでも、歯を食いしばって我慢して努力し続けること。この経験をまだ小学生のうちに経験することは今後の成長に大きく繋がります。

◆中高一貫校に行くべきかどうか
さて、当然中学受験を考える場合、中高一貫校を目指すことになるわけです。
(中高一貫校は、「私立」「国立附属」「都立中高一貫」などもありますが、それらを含めて中高一貫校と呼ぶことにします)

中高一貫校に行くメリットは、『価値観の近い仲間と出会えること』にある、とさこだは思います。
もちろん、進学や学校生活等も含めていい点はいっぱいあると思います。

授業の内容が魅力的だったり、いじめが少なく、学校行事が盛んだったりと、中高一貫校に通わせたくなる理由は様々あると思います。

ただ、それよりももっと大切なことは人との出会いだと思います。
人との出会いは一期一会。誰にも先のことはわかりません。
しかし、公立の学校と違い、中高一貫校にはそれぞれのカラーがあり、
当然、その学校の校風に合った人達が多く集まります。

医者や弁護士を目指す人、世界を変えてやろうとあれこれ考えている人、一芸に秀でた人、異様に科学の分野に詳しい人、などなどその学校に行かなければ出会えなかった人達との出会い。
これこそが、中高一貫校に通う上での一番の魅力だと思います。

しかし、多種多様な人間が集まるわけではないので、価値観が偏る可能性は十分にあります。
もちろん、大学に入り、社会に出れば、そんな出会いはいくらでもあるわけですが、中高の6年間で似たような人しかいない環境は一長一短があるでしょう。

◆「絶対○○中学!」は親のエゴ
上で述べたように、中学受験をすることにはとてもメリットがあります。
しかし、中高一貫校に通うことはメリットもデメリットもあるわけです。

無責任なことを言ってしまうと、結局『ご縁があって行く学校』なわけですから、中高一貫だろうと公立だろうと、行く意味は必ずあるのです。

実際、自分の志望していた学校に進学できたにも関わらず、その後ぱっとしない人だっているし、中学受験で失敗して公立に進んだけれども社会でバリバリ活躍している人だっているわけです。

「絶対に○○中学に進学させたい!」と考える親を本当に数多く見てきました。
当然、魅力のある学校ですからその気持ちはわかります。
しかし、それは本当に子供のことを考えているのか疑問に思うことも多々ありました。
親の見栄、幻想、つまりはエゴで子供に無理をさせる親はかなりの数でいます。

先にも述べましたが、どの学校に行こうが一長一短あるわけであって、結局は行ってみないとわからないわけです。
極論すれば「やる子はやるし、やらない子はやらない。どこの学校に行こうが関係ない」わけです。

大切なことは、どんな環境だとしても、その環境に順応し、本気で努力をすることです。
そして、それを教えなければならないのは親です。

「絶対に○○中学!」は言ってみれば一種の他者依存です。
『どんな学校にいったってうちの子は大丈夫』と自信を持てないからです。

『(受験の)結果はどうだっていい。本気で努力をして何かに取り組むことが大切なんだ!』と教えてあげるのが親の役目です。

我々が生きている社会は常に結果が求められます。どれだけ努力をしようが本気でやろうが、そんな過程なんか見てくれる人は少ないんです。

過程を褒めてあげることができるのは親だけです。
結果がどうであれ、そこで親が過程を認めてあげることで自信を取り戻し、また挑戦する姿勢になり、ついには本当に素晴らしい成果を上げ、真の自信を身につけるわけです。

「絶対に○○中学!」は、結果しか考えていないわけです。大切なのはその先。
そう考えれば、「学校はどこでもいい。本気でやれ!」ということが何より大切なのではないでしょうか。

◆ 学歴社会の姿とは〜『学歴なんておっぱいだ!』編〜
中学受験を専門に扱う塾の講師達は、このあたりの話をオブラートに包んでしまうので、色々言ってしまいます。

「学歴」とはなんなのか。社会生活を営む上でどれくらい影響があるのか。
さこだは『学歴は、女性のおっぱいと同じ』と思っています。

「気にする人は気にするし、気にしない人は気にしない。あったら儲けもんで、なくても(小さくても)生きていくのに不都合はない。」という意味です。

また、「学歴がある」というのも定義が非常に曖昧です。(バストサイズもそうですよね)
たとえば、「鹿児島大学」は鹿児島においてはブランド力が非常に高い大学です。鹿児島大学卒というだけで親は鼻が高いわけです。しかし、東京にいる人は「鹿児島大学?国立?難しいの?」という感覚です。
(鹿児島大学を卑下しているわけではありません。知らない人は単純に知らないわけです。鹿児島の人だって、金沢大学とか言われもどれくらいのレベルなのかわからないですよね?金沢大医学部だと東大理科二類と同じくらいです。)

つまり、非常に曖昧な「学歴」という感覚なのですが、それが影響を受けるのは就活のときくらいです。
その就活ですら、就活生にちゃんと魅力があればクリアできるわけですから大した問題ではありません。

「けど、今は就職氷河期で…」みたいな反論が来そうですが、「就職氷河期なんて嘘っぱち」です。
この話は、別の回で取り上げます。

「学歴」とやらを手に入れるために、「絶対○○中学!」なんて言って親が血眼になっても、結局人間としての成長がなければその中学高校に進学しても、大学受験で失敗します。
大学受験までうまくいったとしても、今度は就活で。
就活をクリアしても今度は社会で。
いくらだって試練はあるわけです。

だから、何度も述べますが大切なことは「本気で何かに取り組む姿勢を身につけさせること」にあります。
そこで鍛えられた人間力は、学歴に関係なく必ず生きてくるからです。

ただ、「学歴がある」と言われる大学に進学することも、当然メリットはあります。
これもやはり「人との出会い」です。人との出会いで価値観も変わり、人間として成長していくことができます。
そういった意味においては、ある一定の価値はあるでしょう。

また、おっぱいと同じで「学歴コンプレックス」に悩む人も多くいます。
小中学生の塾講師をやっている人は特に多い印象です。
東大の問題なんか解いたこともないのに、「○○中学の問題は、東大を彷彿させる」などとのたまう人もいます。
小・中学生相手なら誤魔化せるんでしょうが、そんな人に「努力をすることが素晴らしいんだ!」なんて言われも、本人がそう思っていないなら説得力は0です。

結局は、本気で何かに取り組んで自信をつけた人なら学歴なんかで悩むことはありません。
「学歴があるから自信がある」んじゃなくて、「その大学に受かるために必死に努力をして、それが結果となったから自信がつく」んです。

大切なのことは、本気で取り組むこと。中学受験を通して、そのことを身につけさせられるなら、それだけでもとても価値のあることだと思います。

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