【学歴と受験(連載)】最終回。ゲロを吐くほどやってみよう

こんばんは!さこだこうきです!

受験と学歴について、短期連載をしてきました。

今日が最終回!(ブログは続きます!連載はおしまい)

基本的にこのブログは、子供を持つ親向けに書いております。
そして、ついでに今後の社会を変えていく若い世代の人達にも、この記事を読んでもらうことで
色々なことについて「考えるきっかけ」をつかんでほしいと思っています。

さこだが書いた記事に対して、「へぇそうなんだぁ」といった感じではなく、
「え!?それってどうなの?」と疑問に思いながら読んでほしいと思っています。

ただの感情論ではなく、論理的に物事を考えて批判をしてほしいと思います。

さこだの書いてる記事も、ある意味「疑う材料」なわけです。
そこを出発点にして、思考停止に陥らずに様々なことを調べ、考えてほしいと、思っています。

さぁ、最終回!

テーマは「あなたのやりたいことってなんですか?」

この記事では、「勉強するからやりたいことがわかる!」ということを主張しています。

是非、自分の人生について考えるきっかけにしてほしいし、
さこだ自身も、また改めて考えていきたいと思います。 


◆若かりしあの頃。小さな目標ができた。
みなさんは、勉強って何のためにやりましたか?
「親に言われてたから」
「みんなやってるから」
「将来のため」

などなど、色んな回答があると思います。

正直さこだも、何のために勉強していたか、正直わからなかったです。
「何の役に立つの?」
「勉強したからといって幸せになるの?」

そんなことを思っていました。

受験に対して真剣に取り組むまで、勉強なんて全然しませんでした。
今でも親戚からは、
「こうきが勉強しているところを見たことがなかった」と言われます。

当然成績は悪かったです。“go to bed” を「寝る」と訳せませんでした。

開き直って、
「バカの方がかっこいい」
「ガリ勉なんてダサい」
「勉強ができることより、人間として大切なことがある」

などと、わかった風なことをほざいてました。
恥ずかしい・・・

さこだが真剣に勉強をしようと思ったのは、高校2年冬。

なんとなく、「来年は高3かぁ。卒業したらどうなるのかなぁ」っていうので悩んでいました。
ちょうどその時期に、大好きだった祖母が亡くなり、
「天国でばあちゃんが心配しないように、立派な人間になりたいな。」
ということを考えだしました。

そんなある日、進路指導室の掃除当番になり、進路指導室にある大学のパンフレットを整理していました。
そこでポロっと、後の母校になる早稲田大学のパンフレットが出てきたのです。

エンジ色のカラーをベースとしたパンフレットを手にして衝撃が走りました。
「かっこいい・・・」

さこだは高校時代に野球部だったのですが、そのときのユニフォームのカラーもエンジ。
野球の強い早稲田大学。

パンフレットの表紙に魅入られて、勝手に「早稲田に入れたらいいなぁ」と感じたことを覚えています。

そんなこんなで、ざっくりと「早稲田に行けたらいいなぁ」と考えていた時。
高3の夏が来て、野球部を引退。本格的に、将来のことを考えた時、
「将来教師になって学校に戻ってきたいな」
と考えるようになってました。

勉強はしないけど、学校は大好き。
正直、学校の先生は信用できず、
「俺が教師になって学校を変えてやる!そして、日本の教育を変えてやる!」
なんてことを思ってました。若いって恥ずか・・・素晴らしい!

そんなとき、担任の先生に相談に行きました。
「先生、俺早稲田大学に行きたいんですけど・・・」

先生の回答は非常に簡潔にさこだの現状を教えてくれました。
「ふっ・・・(笑)」

鼻で笑われました。それもそうでしょう。
早稲田の偏差値は当時でだいたい68くらい。
当時のさこだの偏差値は、大体30台。調子が良い時で40台。
(偏差値は50が平均学力です。)

偏差値うんぬんではなく、さこだも入るのは難しいことぐらいはわかってました。
しかし、先生に聞けばきっと、対策だったり、やればできる!くらいのことは言われるんじゃないかと、
甘いことを考えてたわけです。

まさか鼻で笑われるとは・・・
やさしい言葉として、「大学も色々あるんだぞ。」と教えていただきました。

賢い人ならば、そこで「やっぱり無理かぁ」となると思うのですが、
偏差値通り、頭が悪かったさこだは、
「マジむかつく!!やってみなければわかんねぇじゃねぇか!!
 やる前からあきらめるなんてやだ!
 やってみてダメだったら諦めるよ!
 やってもいなんだから、諦められん!やったるわ!!」

と思い、高3の夏、勉強に対して真剣に取り組むようになります。

◆いざ、東京へ!そして、ゲロ勉スタート!
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」の言葉通り、
まずは、敵を知ることからさこだは入りました。
己の頭の悪さはよく知っていたので・・・

さこだの出身は鹿児島県。自然豊かないいところです。
しかし、東京の大学のことなんか情報がありません。

まずは早稲田大学はどんなところなのか知りたい!

パンフレットに魅かれ、正直早稲田のことを何も知らなかったので、
実際に早稲田に足を運んで見てみたい、と思いました。
そこで、親にお願いをして、夏休みの初日に、1人東京へ旅立ち、
早稲田大学のキャンパスツアー(オープンキャンパスのようなもの)
に行きました。

ボストンバッグを持って、鹿児島を経ち、いざ東京へ。
そのままの足で、早稲田大学の大隈講堂まで行きました。

そして・・・
photo

“ボトっ”

思わずボストンバッグを落としてしまいました。
目の前に現れた大隈講堂をみて、震えました。
パンフレットでしか見たことのない大隈講堂は、想像よりも荘厳で、圧倒的な存在感でした。

そして、キャンパスツアーで大学生達が様々案内をしてくれました。

大学もさることながら、高田馬場から早稲田界隈の雰囲気がとても素敵で、完全に洗脳されました。

「どうしてもここへ行きたい!!この大学に通いたい!!」

その日の夕方、早稲田に進学した高校時代の先輩方と食事をし、夜遅くまで面倒を見ていただきました。
先輩方がカラオケで早稲田大学の校歌を熱唱。
「お前も早稲田に来いよ!」
そう言っていただけました。

東京から帰るとき、さこだの決意は固まってました。
「猛勉強して、絶対に受かってやる!!俺は早稲田にいく!!」

正直、さこだは早稲田に行く明確な目標はありませんでした。
ただ単純に「行きたかった」。それしかありませんでした。

しかし、それで十分すぎるほどのモチベーションを得、いざ受験勉強をスタートさせました。

そして・・・

受験勉強開始初日・・・

はじめて、一日14時間程勉強をしました。
これまで、一日はおろか、一か月ですら14時間も勉強したことはありませんでした。
(いや、一年で14時間もしなかった気さえする・・・)

14時間の勉強の後、夜さこだはトイレで吐きました。
慣れないことをやったせいか、身体がビックリし、ゲロを吐いてしまいました。
(食事中の方すみません。)

ゲロを吐いたあと、さこだが思ったことは、辛い、嫌だという感情ではなく
「気持ちいい!」
という感覚でした。

決して変態ではありません。
このときさこだは、
「俺でもその気になればこんなに勉強できるんだ!」
と感動していました。

さこだの心は折れることなく、夏を乗り切り、劇的に成績は伸びました。

◆まさかの不合格。そして、暗黒の浪人生活へ・・・
劇的に成績を伸ばして、とうとう試験を受けることに。
だいたいこういう話をする場合って、
「成績が悪かったけど、逆転合格した!」
というオチになることが多いのですが、人生はドラマ通りに行きません。

落ちました。

得点開示の結果、合格最低点に7点足りず不合格でした。
落ちると思っていなかったので、本当にショックでした。

しかし、一度ついた火は消えることはありませんでした。
一年で絶対に結果を出すという約束の下、親にお願いをし、浪人をさせてもらうことになりました。
(浪人をさせてくれた親には本当に感謝しています。)

一年間の浪人生活は本当に辛かったです。
人間としての価値を見いだせず、ストレスで体調を崩したことが何回もありました。

この一年間の話を書くと、それこそ連載ものになるので割愛しますが、
浪人時代にやった努力は、我ながら凄かったと思います。

一年の浪人の末、晴れて早稲田大学の合格を手にした時、
心から周りの人に感謝をしました。
そして、自分でもやれるんだという自信を手にすることができました。

高校の先生に合格報告に行ったときに、合格を信じてもらえませんでしたが、
それくらい変われた自分を、少しだけ好きになりました。

◆ 勉強しないから、何をしたいのかわからない
こんな感じでさこだは早稲田大学へ入学したのですが、
正直勉強する意味とか目的とかありませんでした。
早稲田に入る意味や目的もなく、ただ単に行きたいからというだけでした。

浪人生活は苦しいものでしたが、勉強を楽しくできたので、なんとか乗り切れました。 
しかし、夢や希望とはちょっと違っていて、単に勉強が楽しいからしていたわけであって、
将来こうなりたい!みたいなものはその当時にはありませんでした。
ざっくりと「教師になろうかなぁ」くらいです。

しかしながら、早稲田大学へ入って良かったと思うことが2つありました。
それは、
「色々な人との繋がり」
「やりたいことの発見」

です。

早稲田大学には、本当に色んな人がいました。
数学めっちゃできる人、話が面白い人、大きな夢を持ってる人、誰からも共感されない価値観を持っている人など、本当に色んな文化に触れることができて、さこだ自身の人間性も成長していったと思います。
自分が、いかに狭い世界で育っていたのかを実感しました。

そして、「自分の本当にやりたいこと」が見つかったのも大学時代です。
教師になりたいという目標は、心から本当にやりたいことなのかと問われれば、
自信をもってYesと言えるものではありませんでした。

ただなんとなく、楽しそうだな。というくらいの感覚です。

しかし、高校、浪人、大学と勉強をしていく中で、自分のやりたいことにたどり着けました。
(今現在、そのやりたいことをやっているのですが、それも一旦置いておきます。)

さこだがここで主張したいのは、
「勉強したからやりたいことが見つかった」
ということです。

材料がないと料理は作れません。
やりたいことっていうのは、色んな知識と思考力を得て、はじめて出てくるものだと思います。

よく「やりたいことが見つからないんですよねぇ」なんていう人を見ますが、
それは「自分のやりたいことを真剣に考えてないからなんじゃないの?」
と、今のさこだは思います。

適当に生きてたってやりたいことなんか見つかりません。
また、将来のことを考えたら、不安になることも多いのです。
だったら、みんながやっている通りにやれば考える必要がないのでラクです。

とりあえずみんながしてるから就活して、
とりあえず会社に入って、
とりあえず生きていくってのは、
余計な不安や悩みが出てこないのでラクなんです。そのときは。

さこだは、自分の将来やりたいことについて真剣に考えました。
一人で海を見ながら、二時間、三時間考えたり、家にこもって一日中自分のやりたいことを考えました。

「俺が、あんだけ勉強した意味はなんだったのだろう」
「早稲田いって、企業に入るってことが本当に幸せなのか?」
「そもそも、会社のために歯車となって働くことが俺にできるのか?」
「っていうか、お前のやりたいことってなんだよ!会社の目標が自分の目標になることを受け入れられるのか?」
「お前は死ぬ瞬間どういう風に死にたいんだ?死ぬ瞬間に『俺の人生最高だった!』って言えるのはどういう人生だ?!」

などと自問自答を繰り返しました。

そして、たどり着いた結論が
「夢を実現するために起業する」
でした。

自分のやりたいことを考え続けた結果、
自分のやりたいことをやる会社を自分で作るしかなくなったのです。

さこだにとって、起業は夢ではありません。
夢のために必要な手段が起業でした。 

ここまで、考えることができたのは勉強をしたからだと思います。
知識や思考力がないと、夢を確認することも、夢に向かう手段を考えることもできなかったと思います。

勉強ってのは、夢を実現するために必要なアレコレを与えてくれます。

将来役に立つとか、そういうレベルではなく、夢へ向かうための道を与えてくれのが勉強です。

勉強するから、やりたいことが分かるし、たどり着く手段を考えられると思うんです。

もちろん、数学や英語をやることだけが勉強ではないと思います。

人の気持ちを考えたり、メンバーの意思をまとめたりすることも、
勉強だと思います。

そして、勉強をしっかりやれば勝手に学歴なんてのは手に入るんじゃないでしょうか?

勉強をすること自体は、はじめは結構しんどいです。
それをどう楽しく取り組ませるかは、親や教育者達の力量に因ると思います。

しかしながら、勉強によって得られる効力は、学歴なんていうちっぽけなものではなく、
自分の夢というものを見つられること
です。

勉強する素晴らしさを、親は子にしっかりと伝えてほしいし、
さこだも教育者の一人として、そのことをこれからも伝え続けたいです。

そして、さこだ自身も、自分の夢を叶えていきたいと思います。

最終的に、このことを伝えたくて連載企画を立ち上げました。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

明日からは、普通のブログに戻ります!今後ともよろしくお願いします!

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2 Responses to 【学歴と受験(連載)】最終回。ゲロを吐くほどやってみよう

  1. 小谷慶子 曰く:

    ご無沙汰しておりますm(._.)m
    先月より彩香も浪人生活に入り、何とかやっているようです。
    ブログを読ませて頂き、感じたこと
    勉強したいと思える時期は人それぞれだなと思います。私自身も働き始めてから学校に入りましたし、彩香も今更ですし(^^;;
    ひとつ言えるのは、親の思いとはなかなか一致しない‼
    なぜなら、大人になって振り返りわかることも多いから…親はついつい同じ思いをさせたくないから、転ばぬ先の杖を差し出したくなっちゃうんですけどこれが伝わらない(~_~;)
    繰り返される歴史〜
    実は私の夢は学校の先生になる事でした。夢叶わず、別の仕事となりましたが、SWも大好きな仕事となりましたが。
    彩香の夢が叶う事を応援しつつ、悔いのない一年を過ごして欲しいと思っています。
    すっかり私は干渉しなくなってしまい、今は主人の方が携帯を取り上げたりしてます(≧∇≦)
    勉強したいと思えるようになるのも、成長なのかなと思います。やらされ感の間はなかなか〜
    仕事もですけどね(~_~;)
    人を育てるのは大変です>_<
    身体に気をつけて頑張って下さい。
    一度、お会いしたいですm(._.)m

  2. さこだこうき 曰く:

    >小谷慶子様
    ご無沙汰しております。
    また、ブログをお読みいただいてありがとうございます!
    おっしゃる通りで、どこで自分のやりたいことが見つかるかわからないですよね。
    彩香さんも全く遅くないので、ここからまた頑張ってほしいですね!
    是非またお会いしたいですね(^^)
    お母様もご自愛なさって下さい。

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